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2014年6月28日 (土)

フェルトはん 「はじめての エフワン」

週末の深夜。

♫ テテテテテテテ・・・ジャジャーン!

オープニング曲は T-スクエアの 「TRUTH」、

スタート前 コースに並ぶマシン、

レースクイーンの腰骨まで切れ込むハイレグ、

マシンのエンジン音の高まりとともに

胸高鳴り、期待と興奮は最高潮・・・

バブル時代、

アラン・プロスト、アイルトン・セナの両雄が活躍していたころ

F1グランプリは黄金期、

それは それは 派手でした。

その時代の寵児・セナがレース中の事故で死亡したのが

1994年 3月のイモラ・サンマリノGPでのこと。

サンマリノはイタリア半島東岸に位置する小国、

奇しくも私、その年1月に渡伊したばかり、

言葉はまだまだ不自由でしたが

セナの死に衝撃を受け

彼の死を大きく報じるスポーツ紙を買い漁ったものでした。

(ちなみにその新聞、今でも大事に取ってあります)




そしてイタリアといえばフェラーリ。

ただひと言「ロッソ」と言えばそれはフェラーリを意味し、

国民はこぞってこの「跳ね馬」を愛し、

誇りを持って応援しているのです。

そんな国にいながらレースを観に行かないなんて

据え膳を蹴っとばす大馬鹿者、

何も分からぬながらも列車の時刻を調べた私、

( ま、行けばなんとかなるやろ) タカをくくり

弁当とビニールシートを入れたリュックをしょたろうて

サンマリノへ向かう列車に跳ね馬の如く跳び乗った、

セナの死から1年後、1995年のことでした。




「はじめての」 F1、「はじめての」 サンマリノ。

駅からゾロゾロ歩く人々について行くと

あっけなくサーキットへ着き、あっけなく切符も買えた。

何も分からぬ私が陣取ったのは

フィニッシュ地点から100mほど手前、

掲示板や表彰台が見えるわけでもなく

連れなし、知識なし、ラジオもなし、

何も分からぬながら観終えたレースの印象は

「光のように走り去るマシンとエンジンの爆音のみ」でしたが

予想もしない展開が待っていた!

表彰式も終わりひと段落ついたと思われた頃、

なんと周囲の観客が高さ4mはあろうフェンスを乗り越え

コース内へどんどん走っていくではありませんか。

フェンスに挑む客は増えるばかり、見ていると

( 高い、こわい、でも行きたい!)

我慢できなくなった私、神にすがりつつ一歩一歩よじ登り

なんとかフェンスを越えました。

他の人を見習い内側へ走ってゆくと

オオ!コースに停められた青と白のマシン!

優勝したウィリアムズ-ルノーです。

周りに群がる人はクルーに持参のカメラを渡し

マシン内部の写真を撮ってもらうのが決まり、

(たのもう!)

私も思わず大声を出し、撮影に成功しました。

驚くほど座席が狭く、車高低く、重厚に光るマシン。

イヤア、カッコよかったなあ。




1996年、フェラーリへ迎えられたドイツ人ドライバー

ミハエル・シューマッハ。

イタリア人は前年までロッソに乗っていた

ジャン・アレジのことが大好きで

シューマッハの人気は今ひとつでしたが、

それでも彼は2000年から5年間連続して

チームを王者に導いた天才に違いありません。

2012年に引退後

昨年12月スキー中の転倒事故で昏睡状態が続いていた

彼が覚醒し、リハビリの為退院したと

先日ニュースで報じられました。

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世界で一番速く、強かった 「皇帝」 シューミ。

どんな夢を見てたんでしょうね。

一日も早い回復を、心からお祈りしたいと思います。

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