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2014年6月13日 (金)

フェルトはん 「はじめての ワールドカップ」

満月の夜にして13日の金曜日、いよいよ

FIFA ワールドカップ ブラジル大会が開幕しました。

初戦は15日、コート・ジボワールと戦うザック・ジャパン、

一人一人が納得いくプレーができて試合を楽しめ、

それで勝てたら最高ですね。




1998年のフランス大会がW杯 初出場の日本、

Jリーグが発足し、サッカー熱は高まっていたとはいえ

それ以前はこんなに国中が注目し、熱狂することは

ありませんでした。

サッカーにそれほど興味のなかった私が

「はじめて」 ワールドカップを身近に感じたのが

イタリア・ローマ留学中に開催された

1994年のアメリカ大会。

イタリアといえば「セリエA」「トトカルチョ」でもおなじみ、

ヨーロッパでも屈指のサッカー強豪国。

この大会で準優勝に輝いたイタリア、

当時エースナンバーをつけていたのが

ユベントスの ロベルト・バッジョ選手。

テレビや新聞で彼の姿を見ない日はなく、

イタリアを代表するファンタジスタ、

その人気は、まあ そりゃ凄まじいものでした。

(ちなみに私が好きだったのは

男前のゴールキーパー、ジャンルーカ・パリウーカ選手。

なつかしいなあ!)



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イタリアの試合が行われない夜などは

語学学校のクラスメイト達と食事に出かけ

ピッツァとビール片手に店のテレビで観戦、

「私、カメルーンを応援する!」「私、ロシア!」などと

無邪気に楽しんでいた私ですが

いざ、イタリア参戦となると事態は一変。

街じゅうのテレビ、ラジオがW杯にチャンネルを合わせ

全市民が楽器、車のクラクション、口笛、手拍子、叫び声と

音の出るものを総動員して祖国を応援するので

試合の経過は部屋に閉じこもり目をつぶっていても

わかるほど。

そして試合終了、待っていたのはさらなる悲劇、

イタリアが勝とうが負けようが

熱狂的ファンは(イタリア語でtifosi、ティフォージといいます)

車の屋根に上って国旗を振り回してみたり

国歌を合唱したり、

クラクションや笛をかき鳴らしつつバイクで暴走してみたり。

イタリア戦の夜。 オオ、ローマの街は地獄。無法地帯。

とてもとても うら若き乙女が外出できる雰囲気ではありません。

まだ10代だった哀れトモコ、

その地獄絵図はしっかり脳裏に刻み込まれトラウマとなり、

年増になった今でも 「カルチョ」と聞くだけで

鳥肌が立つのです。

サッカーって、こわい。




エー、そんなサッカー嫌いの私。

大胆にも優勝チームを予想してみましょうかね。

私の予想は 「ブラジル」。

実力は折り紙つき、開催国の強み、とただでさえ有利なのに

そこへ報じられた

「ブラジル監督:ルイス・フェリペ・スコラーリ氏の甥 事故死」の

ニュース。

スコラーリ監督は先月にも義弟を病気でなくしており、

この大会は 「W弔い合戦」。 これはもう無敵です。

はてさて、結果はいかに・・・!?

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